真相解明ノート
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『地面師たち』はなぜ成立したのか ― 登記の本人確認が現実に破られる3つの関所

登記識別情報、司法書士の本人確認情報、紙の書類。制度の穴を、ドラマの手口と照らして読む

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  • 公開日 2026.10.18/
  • 読了 9分

『地面師たち』を見て、いちばん引っかかるのはここではないでしょうか。「土地の売買って、本人確認がもっと厳重なんじゃないの?」。権利証があり、司法書士がいて、法務局という国の役所まで挟みます。それでも現実の積水ハウス事件では約55億円が消えました。

この記事は、ドラマの結末ではなく、その手前にある「登記の本人確認」のほうに焦点を当てます。

どこに関所があって、地面師はどこを抜けてくるのか。法務省の説明と、不動産取引の本人確認を取材した解説記事をもとに整理します。

結末や人物の運命には触れず、制度の話だけなので、ネタバレはありません。

関所その1: 12桁の登記識別情報

まず基本から。土地の持ち主であることを登記所に示す「本人確認の切り札」は、登記識別情報と呼ばれる12桁の符号です。

2005年の不動産登記法の改正で、昔の「権利証(登記済証)」に代わる仕組みとして導入されました。

書面で渡される場合、パスワード部分には目隠しのシールが貼られています。開封した形跡なしに数字だけを盗み見るのは難しいわけです。法務省も、登記名義人本人の申請かどうかを登記官が確かめるために出させるもの、と説明しています。

ここだけ聞けば、かなり堅い仕組みです。

ただ、穴はすぐ近くにあります。従来の権利証も、まだ有効なまま残っています。そして何より、「その12桁を提出できません」と言われた場合のルートが、制度の中にちゃんと用意されているのです。

関所その2: 「なくした」で開く3つのルート

登記識別情報を出せない人が登記を申請したいとき、法律は3つの代わりの手段を認めています。

  • 事前通知: 登記官が、登記上の持ち主に宛てて「この申請に心当たりがありますか」と郵便で確かめます。個人には本人限定受取郵便、法人には原則として書留で送ります。住所を変更していた場合は、変更前の住所にも通知します
  • 公証人による認証: 公証人が本人であることを確認して、書面を認証します
  • 資格者代理人による本人確認情報の提供: 司法書士などが本人と面談し、確認した内容を書面にして登記所に出します。登記官がその内容を適正と認めれば、事前通知は省略できます

ITmedia NEWSの解説は、地面師がよく使うのは3つ目、つまり司法書士などによる本人確認情報だと指摘しています。理由は実務的で、事前通知は返事が来るまで待たねばなりませんが、この方法なら代金を振り込む決済日までに書類をそろえて、その日のうちに申請できます。買い手のほうも日程どおりに取引を終えたいので、使いたがるわけです。

ここが怖いところだと思います。

地面師は、制度の裏口を探しているわけではありません。買い手と司法書士が「普通は使う」と考えている正面の通路に、自然に乗ってきます。

ドラマで司法書士の後藤が専門知識で重い役割を担っているのも、この仕組みを知れば納得がいきます。

関所その3: 紙の書類と、口頭の質問

本人確認をする側の道具が、意外なほどアナログだという指摘もあります。

売買契約書、登記事項証明書、印鑑証明書、住民票。同じ解説によれば、これらの多くはいまも紙で、精巧に作られると専門家でも偽造を見抜けないことがあるそうです。

さらに、面談での本人確認では、生年月日や干支を口頭で答えてもらう方法が取られることがあります。

持ち主の情報を事前に調べ、なりすます人を訓練しておけば、突破するのは難しくない。解説はそう指摘しています。

正直に言えば、これを読んだときは拍子抜けしました。ドラマの中の「それっぽさ」を演出するための誇張だろうと思っていた部分が、実務の描写にかなり近かったからです。

破られても、気づくのは遅い

最後の穴が時間です。

同じ解説によれば、登記の申請から法務局の審査が終わるまでには2〜3週間かかります。偽造が分かって「却下します」という連絡が来る頃には、売主を名乗っていた人間は代金を受け取って姿を消しています。

積水ハウス事件も、報道によれば登記を担当した法務局は書類に疑いを持って申請を却下しました。登記は守られたのです。

しかし代金はすでに支払われていて、戻りませんでした。この仕組みは「登記簿を守る」ことはできても、「お金を守る」ことまでは約束していません。

司法書士の面談は、何を確かめているのか

「資格者代理人による本人確認情報」と聞くと、免許証をちらっと見て終わる姿を想像するかもしれません。ITmedia NEWSの解説によれば、実際の流れはもう少し丁寧です。

司法書士は本人と面談して、まず目の前の人が本人かどうかを確かめます。そのうえで、申請の意思があるか、登記義務者に当たるかを確認し、内容を書面にまとめます。

手順としては、まっとうです。問題は、その確認の材料が、前の関所で見た紙の書類と、面談での受け答えに寄っている点にあります。

しかも司法書士は、売主が偽者かもしれないと疑って仕事を始めるわけではありません。買い手が連れてきた依頼で、決済日は決まっていて、周りの関係者は皆、取引が進むものとして動いています。

その空気の中で、疑う側に回るのは骨が折れます。

積水ハウスの内部で、何が起きていたのか

現実の事件では、積水ハウス側にも止められる機会がありました。同社は事件後、調査の概要を公表しています。

報じられたところでは、手付金を払った後、取引について複数のリスク情報が寄せられていたのに、社内ではそれを「嫌がらせの類」と判断していたそうです。調査報告書そのものは2018年1月24日の取締役会に提出されましたが、社外に出たのは概要のみで、当時の社長の責任が重いと整理されました。

つまり、登記の仕組みの穴だけでなく、買う側の組織の判断も、事件の一部でした。

本人確認が破られる時は、制度の穴と、疑いを握りつぶす空気が重なります。この構図は、ドラマが「組織対組織の詐欺劇」として描こうとしたものとも、地続きだと感じます。

守る側の手立てと、これから

所有者側にできることもあります。

たとえば、登記識別情報や印鑑証明書を盗まれた、盗み見られたかもしれないと感じたときは、法務局に「不正登記防止申出」をしておく方法があります。申出の後に登記の申請があれば、申し出た人に知らせが来る仕組みです。

ただし有効期間や手続きは法務局ごとに確認が必要で、自動で延長されないという案内もあります。

制度の側も動いています。政府は2027年4月1日に、犯罪収益移転防止法の施行規則を改正します。

不動産取引では、対面でもICチップのある本人確認書類はチップの情報を読み取ることが必須になり、顔写真を送るだけの確認など、非対面の方法の多くはなくなります。地面師対策の一環として報じられていますが、法律上の目的が地面師だけに絞られているわけではないので、ここは混同しないほうがいいところです。

ひとつ注意しておくと、この改正は不動産業者の取引時確認のルールです。登記所での本人確認とは別の網で、前の2つの関所がすぐ堅くなるという話ではありません。

「本人確認」の最後は、人の目に委ねられている

登記識別情報、代わりの3つのルート、紙の書類、口頭の質問。それぞれの関所は単独ではよくできているのに、最後には「この人は本当に本人か」を人間が判断する場面が残ります。

地面師が突くのは、制度の欠陥というより、そこだと私は読んでいます。

ドラマは、その人間の判断が組織的な悪意に負ける様子を描きました。結末の読み方は結末考察の記事で書いています。

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